BSI：ISO 9001の認証取得に至った背景と目的をお聞かせください。

漆畑氏：当院は2006年10月に火災があり、地域の皆様からの信頼回復が急務となったことがきっかけです。この出来事から見えてきた脆弱性を克服するために、組織体制の強化、リスクマネジメントの強化を目的としてISO認証取得に取り組むことを決めました。2007年の4月には全体説明会を開き、6月には内部監査員の養成研修、9月に内部監査、11月12月に審査を受けましたので、1年ちょっとの間で認証取得を進めたことになります。

BSI：QMSの維持運用で工夫されている点があれば教えてください。

漆畑氏：組織には縦のコミュニケーションと横のコミュニケーションの両方が揃わないと上手くいかないと考えています。そこで、縦のコミュニケーションとして「院長視察」を年に2回行っています。院長、事務長、看護部長、ISO事務局が、1年間の労いをしながら今ある課題を聞いて全部署を回ります。冬はミカンを持って。そのメンバーだと意思決定も早いです。また、認証を取得した当時は、委員会のようなものがたくさんできてしまっていました。その委員会も、徐々に必要なものだけに整理して、意思決定のプロセスも明確にするということも、あわせて取り組んできました。

そして、横のコミュニケーションは「内部監査」です。内部監査は「困っていることを一緒に解決する監査」だと私たちは言っています。監査員と現場のスタッフが良好な関係で、一緒に困っていることを解決していく機会を設けているという意識です。風通しを良くして働きやすい職場にする、そうすれば顧客、つまり患者さんに良いサービスができる。そういう姿を目指しています。

BSI：そのような内部監査にするための工夫は、何かありますか。

漆畑氏：内部監査員自身が、自分が監査に行く部署を選べるようにしていることです。例えば病棟だったら、自分の病棟の運用が合っているのか、みんな不安に思いながらやっているので、自分が普段気になっている部署に監査に行って、「同じ運用してるね」とか「こんな工夫の仕方があるんだ」と気づきを得られます。

大森氏：監査に行って「これいいな」と思うと自分の病棟に戻ってからミーティングで共有します。それで業務が改善されたりシンプルになったりするので、いつも内部監査は新鮮で楽しいです。

漆畑氏：当院は10病棟あり機能分化していますので、病棟によってスピードもやることも違う。だからこそ、内部監査を通じて他病棟を見に行き、いいと思ったことを吸収できるのが当院のISOの特徴かもしれません。機能分化していることが功を奏しているということですね。

BSI：ぜひ内部監査を拝見してみたいですね。

漆畑氏：内部監査はISOの審査でもいつも褒めていただくのですが、みんなとても楽しんでやっています。それでも最初の3年くらいは、内部監査というと身構える部署もたくさんありました。そのため内部監査員を増やすことに注力してきました。監査員を増やすことで、自分たちで解決する姿勢や、監査で決して責めないことなどが浸透していったと思います。内部監査員の資格を取得した人は現在では200名ちょっと、全職員の半分を超えています。ただ、初めのころの監査員は中堅層が中心で、そういう層が改善をかけようとしても役職層が動かないということがありました。そこで院長と相談してISO取得3年目から役職者全員が内部監査員の資格を取ることをルール化しました。それから特にISOの利用価値が上がったと思います。

大森氏：困っていることがあると、ISO事務局にどうやったら改善できるかと相談が来ることもありますね。

漆畑氏：若いスタッフが部署の中では言いにくいことをISO事務局にこっそり相談に来たりします。それを内部監査の場を利用してさりげなく取り上げると、改善する方向に持っていきやすいです。私自身は、ISOは材料なので、この材料を使って何にでもトライしてほしい、何でも解決してほしいと思っています。そういう意味で、内部監査に直接関係しないスタッフにも、「内部監査を利用する」という意識が定着してきているのは嬉しいことです。

BSI：ISOを維持運用するメリットは何でしょうか。

漆畑氏：自分たちの病院らしさを作れるというのは、ISOの一番のメリットではないかと思います。自分たちの医療モデルの「らしさ」みたいなものを存分に発揮できる。それは私たちにとっては患者さんの尊厳を一番大事にして、地域から信頼を得られる安心で安全な医療をしてくということです。いつも患者さん中心で考えられる医療を展開していくために、仕組みを入れて、マニュアルを作る。

庄子氏：ISOは「これがなくてはいけない」ではなく、必要なものは作ればいいし、必要ないものは作らなくていい。だから、成増厚生病院らしさを維持しながら、システムの変更やサービスの強化ができる。整えながら成増らしさを残せるというのが、ISO認証のすごくいいなと思うところです。

BSI：これから新規認証する病院に対してのアドバイスがありましたら、お願いします。

漆畑氏：病院の場合、医療職が9割くらいを占めるので、品質管理責任者も医療職のスタッフが担当する方が運用しやすいような気がします。また、病院にとっては一番の顧客はやはり患者さんですので、そのそばにいるスタッフがやることはメリットが高いと感じます。翠会ヘルスケアグループは当院を含め5施設でISO 9001 の認証を取得していますが、全施設で医療職が品質管理責任者を務めています。ただ、公平性ということはとても意識しています。私は看護師ですが、品質管理責任者として必ず顧客に目を向けさせることが私の仕事ですから、医師にも看護部にも問題があればきちんと指摘できるよう中立的な立場に身を置いています。それから私にはなんでも相談できると思ってもらいたいので、7年前から白衣を着るのをやめました。公平にいつでも誰とでも同じように対応するということ、患者さん目線や家族の目線で相談に答えることを心がけています。

BSI：今後のISOの展開や目標がありましたら教えてください。

漆畑氏：運用を始めてから10年を経た今は、ISOを当たり前のように使いこなせるほど定着しました。それでも、組織の体質は油断すると戻ってしまうので、コンプライアンスを守ることやシステム作りを継続しながら、体質改善を続けていきます。また、翠会ヘルスケアグループ内の品質管理責任者とはお互いにメールでやり取りしながら連携を取っており、一緒に内部監査を行うなどの交流を一部では実施しています。今後も、そのような連携をより深めながら、グループ全体で質を上げていくことができればいいなと思っています。

皆様の言葉の端々から、患者さんへの愛情、その家族の方への愛情、同僚スタッフへの愛情が感じられた、心温まるインタビューでした。そのようなところに、実はQMSが本当の意味で定着し当たり前のこととして運用されている組織の真価があるということを見せていただいたように感じます。今後の展開として、働き方改革という観点から職員にも目を向けていくこと、医療の世界の変化に合わせた仕組みを作っていくこと、この病院で働いていてよかったと思えるような社会貢献をやっていきたいということなど、未来に向けた明るいお話が尽きませんでした。成増厚生病院様のこれからにますます目が離せません。